写真から何かを創りだすことは、宇宙を調べることに似ていると思うのです。

あるのかないのか分かりもしない星へ向けて何百年も飛び続ける探査機のように、僕が残した作品たちもまた遠い時間の先へ辿り着く時がくるかもしれません。

はるか昔に死んだ星の光がまだ地球に届いて輝き続けるように、僕の問いかけが未来の誰かに届くのだとしたら・・・

僕はその答えを聞くことはできないけれど、確かにそこで対話は始まるのです。

 

吹雪大樹

時間と共に変質していく自己の記憶を補完するために写真という記録方法は役立ちます。多くの写真は撮られた目的がどうであれ、そういった性質を有しているはずです。

昨年から撮り貯めている雑多な私風景に「イーラ」(英/ERA:時代の意)という題名を付けて、10年ほどの期間をかけて時々まとめることにしました。内容に対して大袈裟すぎるタイトルであることはわかっていますが「僕の」という但し書きがアタマに付くと思ってください。

数ヶ月前から撮り始めた雑多な私風景に「イーラ」(英/ERA:時代の意)という題名を付けてまとめることにしました。それが内容に対して大袈裟すぎるタイトルであることはわかっています。いちいち書きはしませんが「僕の」という但し書きがアタマに付きます。

個展「余燼」

2018年07月19日

(1)燃え残っている火。燃えさし。
(2)事件などが片付いたあとになお残る影響。